久々に自分の中の考え方を変えられた文章があったので、
それが記述されている本のご紹介を。

超有名な茂木さんのベストセラーですが、今更読みました。
この本は、概ね常識的なことを言っているのですが、
「学術的〜感覚・実践・読書的」のちょうど中間くらいの内容で
その「ちょうど良さ」が支持を受けているのかなと思いました。
確かに分かり易くて読み易く、それなりに学術知識も加えられているので説得力がある。
「学術的考察が不足しており、経験に基づいてデータを都合よく解釈しているだけだ」
という批判もあるようですが、僕はそれこそ余計なお世話だなと思います。
というか、読み手として頭が固い!もったいない!
茂木さんは脳科学者ですが、それが誤解を招くのかもしれませんね。
茂木さんはどちらかと言うと、一人の、「ある種の道を極めつつある者」として
自分の人生で得られた経験や教訓を共有するのが目的であり、
脳科学の理論なりは飽くまでそれを補助するためにオマケ程度に付け足しているだけです。
そしてそのスタンスが世の中の大勢の人に支持されている。
だって、世の中の大半の人にとっては、
「現状の中途半端に解明されている脳科学によって科学的に説明できること」
なんてどうでもいいじゃないですか。
実際、僕は「脳科学によると〜」の部分は半分飛ばし読みしていました。
(飛ばすほど多くは記述されていませんが)
まあ、茂木さんの肩書きとタイトルが紛らわしいというのはあるかもしれませんね(^_^;)
・・・そうそう、そんなことはどうでもいいのですが、
僕の中のパラダイム・シフトをご紹介!
実は、それは全て「あとがき」の中の文章にまとまっているのでそれを抜粋。
・知の「オープンエンド(どこまで行っても終わりがない状態)」時代がやってきた!
・衣食住、どれをとっても限界があるのに、学習はどんなに学んでも必ず次があるのです。
・僕は、学習の本質とは、この「知のオープンエンド性の楽しさを知ることだ」と考えています。
・SF作家のアイザック・アシモフや、歴史作家の司馬遼太郎、科学から政治、文学、自然哲学まで幅広い分野で才能を輝かせたゲーテなど、いわゆる「知の巨人」たちは皆、旺盛な好奇心に満ちあふれ、学習することに喜びを感じ、オープンエンド性の魅力にとりつかれた人たちです。知のオープンエンド性の感覚、いくら学んでも必ずその先があるという感覚を、持つことができるかどうか。これこそが、学習する喜びの回路を暴走の域まで回し続けていけるかどうかの、ポイントになるのではないかと思います。
・江戸時代に、本居宣長のもとに集まった近江商人たちが、「先生、私たちはいっぱいお金も稼いで、ありとあらゆる道楽をし尽くしましたけれど、『源氏物語』などの講義を先生から受けてみましたら、学問ほどの快楽はこの世にないということがよく分かりました」と言ったと、小林秀雄さんが紹介しています。
・大切なのは、どうすれば自分の脳が喜ぶのかを、自分自身で発見していくということです。脳が「どんなときに最大の喜びを感じるか」は、千差万別ですから、他者が教えることはできません。
・・・え、当たり前のことしか書いてないって?
でも、僕はこれらの文章を読んでいたときに、やっと自分の中に落ちたんです。
これまでは学習という行為を、何かの目的のための修行の一種みたいに捉えていたのですが、
これを読みながら自分の人生を振り返ってみて「気付いた」のが、
「学習を修行ととらえるとどこかで限界(やめてしまうタイミング)が来てしまい、
学習が喜び(≒趣味)になると半永久的に効果的な成長が可能となる」
という事実で、これに気付いた瞬間に結構衝撃を受けました。
※ここで言う「学習」は、あわゆる方面を含んでいますので、あしからず。
学習以外でもそうなのですが、
「○○をしている時間が好き・嫌い」
というのは結構思い込みで、実態とかけ離れている場合も多いんですよね。
自分の中にそう落ちてきた瞬間に色々なことに対する肩の荷が降りて、
その後は相当楽しく「学習」することができるようになりました。
まあ、人間のメンタルなんてなかなか合理的な説明がつかないものだなあと改めて実感した次第です。
ということで、久々に嬉しいパラダイム・シフトを起こしてくれたこの本に感謝☆